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フィールドリサーチ(中国四川省)

フィールドワーク

2016/9/1
グローバル・スタディーズ研究科   陳 艶


実施期間:2016年8月1日(月)~8月31日(水)
行先:中国 四川省涼山イ族自治州塩源県、雲南省麗江市寧蒗イ族自治県

 2016年8月に中国南西部の少数民族地域で農村経済と貧困問題をテーマにフィールドリサーチを実施した。調査対象となったのは、四川省と雲南省の境にあるL地域である。この地域の中心となったのは、山に囲まれている標高2690メートル(水面)のL湖で、水辺と麓に十数の村落が点在している。今回は湖の近くにあるS村(雲南省)の農家に泊まり、日々この農家の農作業を手伝いながら調査を進めた。S村のほか、同じく湖の周辺に位置するN村、W村、および少し離れたところにあるL村(3つとも四川省に属する)にも訪れ、現地の人口・経済・風習などについて情報を集めた。

 L地域は雲南省昆明市から約600㎞離れており、飛行機で1時間で着く場所にあるが、ほとんどの人がバスに乗って麗江市を経由し、山道で数時間揺らしてここに辿り着く。行政上では湖の西側が雲南省麗江市寧蒗イ族自治県、東側が四川省涼山イ族自治州塩源県の管轄となっており、湖沿いの道路を一周すれば2つの省を跨ることになる。住民にはモソ人(モンゴル族または納西族に属する)を初めとする複数の少数民族と漢族が共生している。美しい自然と少数民族独特な文化を求めて、1990年代から多数の観光客が姿を現れた。2000年代後半には重慶市や成都市などからの観光客数が急増した。観光地として管理するため、麗江市と涼山州の下で「景区管理局」が1つずつ設置され、域内の観光開発や環境保護などを全般的に統括している。

 大多数の住民は農業を営みながら、観光客向けの施設を経営したりそこで勤務したりして生計を立てている。標高や気候などに影響され、農地で栽培できる農産物の種類が限られており(トウモロコシとジャガイモがほとんどである)、生産性もさほど高くない。家畜として豚数匹と鶏数十羽飼育している農家が多数みられ、収穫したトウモロコシとジャガイモはほとんど家畜の餌または自家消費に費やされる。豚と鶏は自家消費がメインであるが、換金して家計に当てられるケースもある。観光客向けのホテルやレストランなどに供給する農産物は、現地でビニールハウスを経営する2世帯の農家によるものを除くと、外から運ばれてきたものがほとんどである。調査した農家の中に、農業生産だけで生活しているのは皆無に近い。

 農業による現金収入が限られているため、多くの農家がそれ以外の業界に目を向けた。ここではその代表例として、宿泊業と建築業をそれぞれ兼業として持つ人が多い村、W村とS村について紹介する。
 W村は湖の一部になる湿地を面しており、1990年代後半から観光客が訪れてきた。遠隔地にあるため、日帰り旅行はできなく、観光客には宿泊と食事をする施設が必要である。しかしこの地域では当時、道路すら舗装されていなく、観光客向けの施設もなかった。いくつかの世帯がそのニーズに気づき、自らの住宅地で簡易な民泊を建て、食事付きで観光客を受け入れるように動き出した。その収益は近所の人々を感化し、民泊が次々と建てられた。今や住民の半分以上がレストラン付きの民泊を経営しており、客室の数は10室未満から30室以上まで、様々な規模がみられる。共通点として、ゴールデンウィークや夏の観光シーズンにおける売り上げが家計所得の多くを占めることが挙げられる。

 W村における観光開発のもう1つの特徴は、村全体で経営する共同事業の存在である。L地域に訪れた観光客の間で人気な娯楽は、伝統的な方法で自然を楽しめる観光ボートに乗ることと、少数民族のダンスや衣装などを楽しめる民俗イベント(Bonfire Party)に参加することである。観光業が展開された初期には、各農家の間で客引きなどの行為を巡る争いが起きていた。価格戦やそれによるサービスの質の低下などを回避するため、W村では住民全体が参加する共同事業を始めた。観光ボートに関しては、各世帯が所有するボートに番号をつけ、順番に観光客にサービスを提供し、客から集めた料金を各世帯に均等的に分配する仕組みが作り上げられた。民俗イベントも似たような形で、各世帯から1人か2人がイベントでのダンス・衣装展示に参加し、収益を均等的に受け取る。こういう仕組みを通じて、民泊やレストランを経営していない農家でも観光業の発展がもたらした経済的利益に恵まれるようになる。

 一方、S村では農業以外に、建築業での不定期勤務を副業として持つ人が多い。勤務方式は地元で在宅通勤か、北京・チベットなどの建築現場に稼ぎに出る。国全体の景気がよく、建築業における働き口の多い2013年前後は、村の働き盛りの男性はほとんど地元・麗江市・北京などの都市で就職でき、村には児童・婦人と年寄りだけが残されていたという。しかし、2015年頃になって不景気が始まり、地元の建築業も政府の規制により停滞に陥ると、多くの人は職を失って帰郷した。それで日常の出費に苦しんでいる農家世帯もみられた。

 S村は良い立地を有し、観光客を対象とするサービス業や小売業を発展するポテンシャルがある。しかし、それは十分に開発されておらず、今のところ、民泊2軒、レストラン1店舗しか見られない。観光客が大幅に増えた近年でも、村人たちの所得はさほど伸びなかった。その原因として、インフラ整備が遅れていたこと(道路は2015年に舗装されたばかり)、雲南省の法整備が不利であること(建物の新築が厳しく制限されている)、などが挙げられたが、村民たち自身がそれに参加する意識も他の村落と比べて相対的に低いのではと考えた。

 W村とS村では貧困世帯がそれぞれ数世帯存在するが、全体的な経済状況をみるとW村はS村よりゆとりを持っている。上記以外に、N村では300世帯のうち65世帯、L村では15世帯のうち7世帯が政府により「貧困世帯」と指定され、村全体が「貧困村」と指定された。だがその判定は厳格に収入または支出などの統計データに基づいたものではなく、村のリーダーや隣人などの判断で選出されるものである。全ての村における「貧困世帯」に対して村人たちが、「実は貯金十数万あるから貧しくないよ」(W村)、「私たちの村にはそんなに貧困世帯があるとはとうてい思わない」(N村)、と意見が分かれている。「本当に貧困」である世帯に対しても、「私たちが生活改善に必死に努力しているところ、彼らはのんびりしているだけだから貧しいのは自己責任」、「頑張っているけど限界がある。だから自分が起業に成功したら村全体を引っ張っていきたい」、という見解がみられた。

 今度訪問した地域では、所有する自然資源・行政の統制・人々が観光業に参入する方式などが経済状況に差をつけた。また、貧困削減のために配分された資源と、それを必要とする対象とのミスマッチが存在する。現地の人々が貧困に立ち向かう姿勢は多様性に富んでおり、観光業の発展がもたらしたビジネスチャンスを活かし、自助努力で起業に成功したアントレプレナーもいれば、仕事よりギャンブルに夢中になる人もいる。一方、これまでの研究では、教育の貧困削減における長期的効果が強調されてきたが、この地域においてはその現実性が問われる。今回のフィールドリサーチを通じて、中国南西部における少数民族農村の経済・貧困状況を把握することができたが、それより底辺にいる人々には及ばなかった。得た成果に基づいて文献研究と現地調査を共に深めていく必要がある。