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宮古島の津波石
2014/05/03
アシスタント・プログラム・コーディネーター 林田 明 教授
国際社会の課題や資源・エネルギーのインフラストラクチャーを考えるとき,対象地域の自然環境,環境変動と災害のリスクなど,地球科学的背景を忘れることはできない。宮古島と利尻島で実施したオンサイト実習では,それぞれの島の地形と地質が水資源の確保と管理に深く関係することを学んだ。また,どちらの島でも地震と津波への備えが欠かせないことを知った。特に宮古島の東平安名岬(あがりへんなざき)に打ち上げられた多数の津波石は,私たちに強い印象を与えるものであった。
ヨーロッパ・アルプスの麓や北アメリカの平原などに直径数メートル以上の大きな石が見つかることがあり,その由来が周辺の大地を造る岩石と異なることから迷子石(erratic boulder)と呼ばれている。これらの巨石はどのようにして運ばれてきたのか,ゲーテは『ファウスト 第二部』の中でメフィスト‐フェレスに「今なお陸には,よそからきた何百貫の塊が/一杯に転がっています。誰がこの投げる力を説明しますか。/哲学者なんかに,解釈がつきやしません。」(相良守峯訳)と語らせている。一方,『ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代』では,迷子石が氷河によって山岳地帯から運ばれてきたという考えが述べられている。19世紀の中頃には,かつて北ヨーロッパや北アメリカの広い地域が氷床に覆われていたという考えが定着した。迷子石は約1万年前に終了した最終氷期における氷床と氷河の広がりを示す存在である。
大陸の迷子石の由来が長く謎につつまれていたのに対し,宮古島や石垣島の巨石については,それらが津波によって陸に打ち上げられたものであることが伝承や古文書に伝えられていた。たとえば西暦1771(明和8)年,琉球海溝の地震で発生した巨大津波が石垣島や宮古島を襲い,12,000人を超える死者を含め村落や田畑に甚大な被害が生じた。それを記録した複数の文書にも,海中にあった石灰岩の塊が内陸まで運ばれたことが述べられている。1サンゴ礁起源の岩は台風の高波によっても移動することがあるが,石垣島や宮古島では個々の岩塊について津波による運搬過程や定置年代が詳細に検討されている。2年代測定の研究では,明和大津波より古い津波石の存在が示された。南太平洋のトンガでも,巨大な津波石の研究によって先史時代の巨大津波の実態を明らかにできる可能性が指摘されている。3
私たちが宮古島を訪ねたのは,2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震からちょうど2年後であった。この地震とその被害について,しばしば「想定外」という言葉が使われる。しかし,西暦869(貞観11)年,2011年と類似の地震のために仙台平野を含む広い地域が激しい揺れと巨大な津波に襲われたことが,津波堆積物や古文書の研究によって既に明らかにされていた。4そして,その結果に基づいて震災についての警告が発せられていた。グローバル・リソース・マネジメントの諸問題を考えるときにも,国境を越える地球規模の視野ととともに,時間を遡って歴史に学ぶことの大切さを忘れてはならない。
文献:
1後藤和久・島袋綾野, 科学(岩波書店), 82, 208-214 (2012).
2 Goto, K. et al., Earth-Science Reviews, 102, 77-99 (2010).
3 Frohlich et al., Geology, 37, 131-134 (2009).
4 Sawai et al., Holocene, 18, 517-528 (2008) など.
写真1 宮古島東平安名岬に打ち上げられた津波石の一つ
写真2 平安名埼灯台から見た海成段丘上(海抜約20m)の津波石
(GRM Newsletter Vol.1より転載)